研究概要

 本研究は、近世ヨーロッパの国制史研究や政治社会史研究で各地に広く確認されている複合政体について、「一定の情況で生み出される磁場に応じて可変するポリテイア」(礫岩政体/礫岩国家)と理解することから出発し、そのダイナミックな形成・変質・解体について、(1)全ヨーロッパを覆った政治・社会・文化的変動をコンテクストとする政体観の変質と、(2)それを踏まえた国家経営の変化という点から分析するものです。本研究は、君主制・共和制・公共善などをめぐる概念史研究の知見と中世から近代へと至る国家形成史の知見を有機的に結びつけながら、欧米各国で個別に行われてきた複合政体の議論を総合することを目指しています。

 近年の近世ヨーロッパの国家形成研究では、近代国家の発生史を枠組とした近代主義的な近世国家解釈を批判し、長期的な展望に立って、各地域に保たれた独特な政治文化のニュアンスを踏まえた近世に独特な政治秩序に関する議論が盛んになっています。こうした議論のなかでも、ヨーロッパ諸国の歴史学界で提示されてきた複合国家論は、中世に独特な政治社会の様態と近代以降の国家経営との間のミッシングリンクを明らかにする分析概念として注目されています。しかし、ヨーロッパ諸国の歴史学界における複合国家論については、各国の研究動向を踏まえた事例研究が各国史単位で進められているものの、各国の知見を総合する試みは遅れ、複合国家への理解は多様な利害関心をもった政体が単一の為政者の上位統治権を承認することでモザイク状に寄り集まった点を指摘するに留まっています。

 近代主義的な近世国家解釈を克服するという発想を抱きつつも各国史単位の事例研究に留まる研究状況に対して、平成22〜24 年度基盤研究(B)「近世ヨーロッパ周縁世界における複合的国家編成の比較研究」は、イベリア半島、ブリテン諸島、中央ヨーロッパ、バルト海沿岸の研究者を集め、近世に独特な国家編成の特徴を総合的に再検討する目標をもって共同研究を実施しました。その結果、伝統的な政体観を継承しつつも地域固有の文脈に応じて新たに育まれた各々の政体観を根拠に、一つの君主体制内部においても統治権力と服属地域との接合関係は多様であり、近世的な普遍君主の理念が各地の複合政体に随伴していたという点で共通理解を紡ぎ出しました。しかしながら、この共同研究で行われた国内外の研究者との交流から、本研究に集う者は、ケーニヒスバーガーやエリオットらが示した分析枠を参照しつつ進められている国内外の複合国家論の動向について、その主たる関心が国家編成の成立や維持に集中し、その解体や組替の過程について検討がなされておらず、先の共同研究についても統治権力と服属地域との接合関係という点から国家編成の形態分析について成果を得たものの、より長期的な時代文脈を踏まえた政治秩序の変質に対する動態分析については今後の検討が必要であるとの課題も見出しました。

 これまでの複合国家論で注目されていない解体・組替といった変動局面に着目し、中世から近代への時代文脈のなかで命脈を保った近世に独特な政治秩序のダイナミズムを明らかにするという課題を検討しようとする際、例えば啓蒙期の政治思想史研究で示されてきた、政治的・社会的変動を背景とした現実問題に対処すべく政体や経済などをめぐる伝統的な諸理念が柔軟に改変・適応されてきたという知見は示唆的です。先の共同研究では、複合国家の形態は統治権力・服属地域双方の政体観を踏まえるとの所見を導き出しましたが、本研究では、各地域で長らく命脈を保つ複合的国家編成の背景には、同時代の政治的・社会的変動に応じた伝統的な政体観の改変に裏付けられた柔軟な政治秩序の再編が存在したとの着想に基づき、従来の複合国家論を動態分析の点から前進させることを目標としています。

主要研究テーマ

政治理念と政治実践への複眼的観察から導き出される礫岩政体/礫岩国家の可変モメント

 中世から近代への長期的な展望に立った国家形成をめぐる先行研究としては、(1)近代的な国家経営への内在的発展は戦争のような外在的要因から刺激されるといった国家経営の側面から近代国家の系譜を論ずる議論や(2)古代や中世に起源を発して継承された公共秩序や普遍君主など、普遍的政治秩序に関する思想の近世における独特な展開を論ずる概念史研究の議論があります。また先の共同研究の成果から、複合国家における統治権力と服属地域との多様な形態は、各々に引き継がれた秩序観や法慣習を根拠として相違が生まれるという所見が得られています。

 これらの議論を踏まえ、本研究は、従来の複合国家論を動態分析の点から前進させるという課題を実現するために、(1)ヨーロッパ全域に影響を与えた社会的・思想的変動を各地域の政体を比較するための補助線として設定し、(2)そうした変動局面に見られた「政体観の変化」と「政体経営の改変」の実態を照らし合わせることで、政治秩序をめぐる理念と実践への双方の眼差しを結びつけながら、長期的に存続した複合的国家編成の特質を明らかしようとしています。

 近世ヨーロッパの諸地域において「礫岩政体/礫岩国家」のような磁気的編成の可変を刺激した外在的要因として、(1)主権国家システムや全般的危機と称される17世紀の政治・文化・社会的変動、(2)アメリカ・アジアを含めて世界的規模で展開した政治的・経済的抗争、(3)啓蒙思想などの新たな社会的・文化的思潮などが想定されます。それらに対応した政治体制の変革については、従来の歴史叙述のなかで絶対王制、啓蒙専制、市民革命などといった概念が用いられ、それぞれ別個に論じられ続けてきました。しかし、多様な来歴をもった地域や社会集団が離合集散を繰り返す「磁気的編成」に着目すれば、君主制や共和制といった政治形態の違いを問わず、歴史的に継承された理念と経験を参照しながら「礫岩的状態」が通時的に維持されていたとも言えるでしょう。

 本研究では、近世ヨーロッパの国家編成にみられた普遍的特徴の一つと考えられる「一定の情況で生み出される磁場に応じて可変するポリテイア」について、全ヨーロッパを覆う変動期に見られた各地域での王朝・君主制・共和制・公共善などをめぐる政体観の変遷と、それに裏付けられた統治権力・地域社会など様々な政治レベルに見られた政治実践に着目しつつ、通時的な観点から可変モメントの在処を検討の対象とします。